「数」1.1 数を数えるということ
数を数える
キーワード:集合、濃度、自然数、可算無限
- 命題と集合
- 濃度
- 自然数
- 可算無限
第1回は、数を数えること、について考えてみたいと思います。そのためには、数学の対象としての「集合」とその個数、最初の「数」の概念としての自然数についてみていきます。
命題と論理
まずは数学の基本にある命題と論理について簡単に説明します。
命題とは、なにか対象の持っている性質について述べる「述語」ということができます。たとえば、
2は3よりも小さい
という文があったとします。これは、2の性質として「3より小さい」というものがある、と考えることができますが、視点を「3よりも小さい」に焦点を当てて、
\(P(a) = \)「\(a\)は3よりも小さい」
と書くことで、その性質の方を主役にしたものが命題です。こうすることで、
\(P(2)=\)「2は3より小さい」 とか、
\(P(5)=\)「5は3より小さい」といった文を作ることができるようになります。
そして、\(P(2)\)は正しいのでこれを真(あるいはT)、\(P(5)\)は正しくないので偽(あるいはF)といいます。
ここで論理に関わる記号をいくつか導入しておきましょう。
まずは命題の否定です。これは記号の\(\lnot\)を命題の前につけます。たとえば、
\(\lnot{P(a)}=\)「\(a\)は3以上である」ということになります。
命題は複数のものを組み合わせて新しい命題を作ることができます。
1つ目は論理積で、2つの命題\(P,Q\)(ここで(a)は省略します)があったとき、
\(P \land Q\)と書き、これはPもQも両方満たすものという意味になります。
2つ目は論理和で、2つの命題\(P,Q\)があったとき、
\(P \lor Q\)と書き、これはPかQかどちらかを満たすものという意味になります。
ここでは簡単に書きましたが、詳しい使い方は高校の教科書などでも確認できます。
ただ論理学は非常に奥の深い学問です。実際に数学が対象とする様々なことがらを表現するのに十分なのか、ルールとして問題がないのか(矛盾がないのか)といったことは自明なことではありません。そのあたりについて興味のある方は論理学や「不完全性定理」について調べてみるとよいと思います。
集合
一言に数学と言ってもいろいろな分野があります。代数学、解析学、幾何学などなど、それらが扱う対象もさまざまで、数や変数であったり、図形であったり、そうしたものに対する操作(足し算とか図形をひっくり返すとか)であったり、数と数の関係であったりするわけです。
そうした数学の対象を明確にするための道具として集合があります。たいていの数学の教科書も、集合論から始まってなんか退屈だな、と思うかもしれません。しかし、これは数学をある程度の厳密さをもって考えるには避けて通れない道具立てなので、ここでさらっとやっておきたいと思います。
集合は「ものの集まり」です。この定義には実は問題があるのですが、それはまた別の所で触れたいと思います。集合に含まれているものを要素と呼びます。集合の要素はなんでもいいのですが、「集まり方」に制限があります。一言で言えば「その集合に含まれるかどうか、明確に決まっている」ということが条件です。
まずは記号について見ていきましょう。あるもの\(x\)が集合\(A\)の要素であるとき、\(x\)は\(A\)に属する、あるいは\(x\)は\(A\)の元であるといい、\(x \in A\)と書きます。
集合の表現方法としてはまず集合に含まれるものを列挙するやり方があります。たとえば、
\[
A = \{ 1, 2, 3, 4, 5 \}
\]
\[
B = \{ 2, 3, 5, 7 \}
\]
\[
C = \{ \text{点A, 点B, 点C, 点D} \}
\]
\[
D = \{ \text{椅子, 机, 本棚} \}
\]
のようなもの、すべてを集合とよぶことことができます。
また、数の範囲や条件を示した定義方法もあります。
\[
E = \{ x \in \mathbb{R} | -1 \leq x \leq 3 \} \text{ ( -1以上3以下の実数)}
\]
\[
F = \{ (x,y) \in \mathbb{R}^2 | x^2 + y^2 \leq 1 \} \text{ (半径1の円の内部にある点)}
\]
\[
G = \{ n \in \mathbb{N} | \text{60はnに割り切られる} \} (60の約数)
\]
\[
H = \{ x^2+1 | -1 \leq x \leq 3\} (-1 \leq x \leq 3 \text{における}x^2 + 1\text{の値域、すなわち1以上10以下の実数})
\]
縦の棒の横に書いてあるような、条件を指定する文章のことを「命題」といいます。集合はある命題P(x)を用いて\(A=\{x|P(x)\}\)と書くこともできるわけです。
ただし、この書き方については落とし穴があります。その命題の内容によっては「要素かどうか、一意に決まらない」場合があるのです。しかし、それについては話が逸れるのでここでは深く掘らないことにします。
これから先、いろいろな集合が出てくるでしょう。その要素は何も数や空間上の点に限りませんが、それについては出てきたところで話していきましょう。
和・共通部分・部分集合
ここでいくつかの用語と記号を定義しておきます。(このあたりは高校数学でも出てくるので流してもらっていいです)
まずは集合の和と共通部分です。
集合の和とは、2つ(あるいはそれ以上)の集合をあわせたもので、\(A \cup B\)と書きます。集合の言葉で定義すれば、
\[
A \cup B = \{x | x \in A \lor x \in B \}
\]
たとえば上の例ですと、
\[
A \cup B = \{ 1, 2, ,3, 4, 5, 7\}
\]
です。
2つ(あるいはそれ以上)の集合の共通部分とはそれら全てに共通して含まれる元の集合で、\(A \cap B\)と書きます。定義を書くと、
\[
A \cap B = \{x | x \in A \land x \in B \}
\]
上の例では、
\[
A \cap B = \{ 2, 3, 5 \}
\]
です。共通部分は論理積を使って書かれているので積集合と言われることもありますが、積という言葉にはいろいろな使い方があり、集合でも「直積」という別の概念があって紛らわしいのでここでは共通部分を使います。
何も要素を持たない集合もあります。これを空集合(くうしゅうごう)といい、\(\emptyset\)と書きます。(\(\emptyset\)は0に斜線。本によってはギリシア文字の\(\phi\)(ファイ)を使う場合もあります)
たとえば集合\(A\)と\(B\)が共通部分を持たない場合、\(A \cap B = \emptyset\)と書きます。
言葉の定義が続いて大変ですが、次は部分集合です。集合\(A\)の要素がすべて集合\(B\)に含まれるとき、\(A\)は\(B\)に含まれる、あるいは\(A\)は\(B\)の部分集合である、といい、\(A \subseteq B\)とかきます。
もし\(A \subseteq B\)かつ\(B \subseteq A\)ならば、\(A=B\)です。\(A \subseteq B\)ではあるが\(B \subseteq A\)ではないとき、\(A\)は\(B\)の真の部分集合といい\(A \subset B\)と書きます。また空集合\(\emptyset\)はすべての集合の部分集合ということにしておきます。
真の部分集合はもとの集合より小さい、というのは有限集合のときだけです。無限集合のときはまた違ってきますが、それについてはまた後ほど説明したいと思います。
集合の要素が集合になっている場合もあります。こうしたものを集合の族といいます。べき集合はその一つで、集合\(A\)のすべての部分集合の集合で、\(\mathcal{P}(A)あるいは2^A\)と書きます。なんでこのような書き方になるのかは後の節で説明します。
和集合や共通部分については、無限個の集合の族を扱う場合に注意が必要ですが、これもまたどこかで詳しく扱うことにします。
この節の最後に集合の関係を視覚的に考える便利な道具、ベン図について紹介します。
上の図では、全体Uを枠で表しその中に2つの集合AとBが入っています。
共通部分はAとBが重なった紫色の部分、和集合は赤と青の全体、ということになります。
論理を考えるときにもベン図は便利ですが、詳しいことは数学の教科書などを参照してください。
集合を数える
これからみていくさまざまな集合において、その集合に含まれる要素の個数が問題になってきます。
集合\(A\)に含まれる要素の個数を、その集合の濃度といい、\(n(A)\)と書きます。
上の例ならば、\(n(A) = 5\)とか\(n(A \cap B)=3\)などとなります。
ですが、その後の例で、ある範囲の実数や平面上の領域のような集合もでてきます。これは無限に多くの要素をもっており、それを数えるのは難しそうです。
いきなり実数などを考えるのは難しいですから順番に考えていきたいと思いますが、その前に一般論として無限の要素をもつ2つの集合の濃度を比べる方法について解説しておきましょう。
その方法は「玉入れ」方式です。運動会の玉入れでは、1つ、2つと数えながら中身を取り出していき、先にどちらかがなくなったらそのほうが少なく、同時ならば同じ、ということになります。
もちろん、無限大ですからなくなるということはありません。そこで少し道具を用意しておきます。
写像
集合と集合の間の写像について、以下の用語を定義しておきましょう。
もし、一つの要素について写像\(f\)が結びつける相手も一つしかないとき、つまり\(A\)の要素\(x,y\)について必ず\(f(x) = f(y)\)ならば\(x=y\)となるとき、\(f\)は単射であるといいます。
また、写像\(f\)がすべての\(B\)の要素を網羅するとき、つまり、任意の\(y \in B\)についてかならず\(f(x)=y\)となる\(x \in A\)が存在するとき、\(f\)は全射であるといいます。
そして、単射かつ全射のとき、\(f\)は全単射であるといいます。
こういった言葉を使うならば、玉入れ方式は、「無限集合\(A\)と\(B\)の間に全単射\(f\)を作ることができるとき\(n(A)=n(B)\)である」ということになります。そもそも、無限に要素を持つ集合の間に写像を作ることができるのか?という問いもあります。これについては「選択公理」というものがあって、「かならずそういうものが作れる」ということを約束事(公理)として予め認めておくことにします。
この定義を自然な定義と感じることができるでしょうか。ある意味、自然な定義といえるでしょう。ですが、そこから導き出される結論が自然であるとは限りません。それが今回の最終的な話題になります。
この節の最後に、有限集合のべき集合の濃度について触れておきましょう。
たとえば、\(A=\{1,2,3\}\)としたとき、そのべき集合は、
\[
\mathcal{P}(A) = \{ \phi, \{1 \},\{2 \},\{3 \},\{1,2 \},\{1,3 \},\{2,3 \},\{1,2,3 \} \}
\]
であり、その要素は\(2^3=8\)個になります。これが「べき」集合と呼ばれる理由です。このことは高校の「場合の数・確率」の範囲の知識で証明できます(いくつか方法がありますが二項定理を使うのが一般的でしょうか)ので各自やってみてください。
自然数
やっと数の話に入れます。まずはものの個数としての自然数です。
自然数に0を含めるかどうかはまちまちですが、ここでは0も含めて自然数ということにしましょう。
ここでは、自然数は1個、2個と数えるという、もっとも基本的な人間の思考からきた概念、ということにしておきます。数学的には、「公理論的数論」というのがあり、公理(ルール)から出発して自然数やその上での計算を定義していくやり方もあります。しかし、それはあまりにも遠回りになってしまいますので、自然数とその計算については深く掘り下げずに進めようと思います。
記号を定義しておきます。
\[
N = \{ \text{(0を含めた)自然数} \}
\]
\[
N^{+} = \{ \text{正の自然数} \}
\]
\[
Z = \{ \text{整数} \}
\]
\(N\)あるいは\(N^{+}\)の要素を適当に2つ持ってきて、これを足し算あるいは掛け算すると、その結果はやはり\(N\)あるいは\(N^{+}\)の要素になります。このとき、\(N\)や\(N^{+}\)は和(積)について閉じている、といいます。
ところが、引き算についてはこれが成り立ちません。\(2-3\)は\(N\)の要素ではないからです。
そこで0より小さい数、負の数を含めた整数を考えることができます。整数は差についても閉じている、ということができます。
基本の計算としては、あとは割り算が残っていますが、整数は割り算について閉じていません。たとえば\(2 \div 3 \)は整数ではありません。これは次回でのテーマにしたいと思います。
ここでは、自然数の個数(濃度)について考えたいと思います。
もちろん、自然数や整数は無限集合ですので、「玉入れ」方式の出番です。
そこでまず、自然数\(N\)とその部分集合である偶数\(E\)の個数を比べてみましょう。具体的には次のような集合です。
\[
N = \{0, 1, 2, 3, \cdots \}
\]
\[
E = \{0, 2, 4, 6, \cdots \}
\]
ここですぐに分かるとおり、\(N\)から\(E\)への写像\(f: x \rightarrow y = 2x\)を考えれば、これは\(N\)と\(E\)の間の全単射になっています。つまり、自然数と偶数の個数(濃度)は同じ、ということになります。
感覚的にはこれは変ですね。偶数は自然数の真の部分集合です。たとえば、3は自然数ですが偶数ではありません。自然数のほうが偶数より多いような気がします。しかし、無限個を比較する方法として「玉入れ方式」を採用した以上、この2つの集合は同じ個数である、となるのです。
同様に、整数\(Z\)と自然数\(N\)を比べたとき、\(Z\)を次のようにならべてみます。
\[
Z = \{0, 1, -1, 2, -2, 3, -3, \cdots\}
\]
こうすると、整数を順番にならべることができ、これを自然数と対応させることができますので、整数と自然数も同じ個数ということになります。
この例に限らず、ある無限集合を、順番に列挙することができる場合、その順番と自然数を対応させることで全単射を作ることができますから、その集合と自然数は同じ個数ということになります。このような無限集合の濃度を可算無限、あるいは可付番無限、と呼びます。
可算無限は一番基本となる無限大で、最も小さい無限大です。というのも、いま上でみたように偶数などの自然数の部分集合もすべて順番付けできるはずですから、その濃度は可算無限になるはずだからです。
では可算無限ではない無限大というのはあるのでしょうか?先に結論をいってしまうと、実数は可算無限ではありません。まずはそのことへ到達することを目標に進めていきたいと思います。
次回予告
今回、整数の計算で深く考えなかったものがあります。それは割り算です。割り算について閉じた「数」を考えるには「有理数」が必要です。次回はこの有理数について考えていきたいと思います。
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