「数」とはなにか? 序文のようなもの

2023年9月11日

90年代中盤、私がまだ大学生1年生だったころ、共通過程の線形代数の授業。担当の教授は変わったことばかり言うひとでしたが、その中で一番印象に残っている言葉があります。それは、「複素数というのは、ある夜、屋上から、広がりたい、広がりたい、という数の声がきこえてできたのです」、というものでした。「面白い先生だなあ」と思ったものですが、その教授が世界で数人しかいないワイルによる「フェルマーの定理」の証明を検証できる数学者ということを知ったのはもう少しあとのことでした(すぐ後、教授は別の大学に移ってしまったのですが。「素数の歌」の人、といえば分かる人には分かるかもしれません)。この「数が広がっていく」という感覚は、算数から数学へと学んでいく過程としても実感が持てるものかもしれません。

この文章の目的は、大きく二つあります。1つ目は、数学の基本にある実数論についての解説することです。高校の数学では実数というものが最初から与えられていて、それを有理数と無理数に分ける、というような説明がなされます。しかし、これではきちんと「実数」というものが何なのかを定義してはいません。そこで、自然数から出発して、有理数、実数と「数が広がっていく」過程を解説していきたいと思います。

2つ目は、さらに進んで、実数から虚数・複素数へと広がっていく過程をみることです。虚数がなぜ必要なのか、というところから始まり、虚数・複素数がどのようなイメージで理解できるのか見ていきます。ここには代数学の基本定理の解説も含まれることでしょう。そして、虚数単位\( i \)とは一体何者なのか、という問いへの一つの答えへと迫ってみたいと思います。

さらには、その先にある「四元数」について考えます。物理学においてその名を残すハミルトンがその生涯をささげた「四元数」とはどういうものか。複素数の先にあるものとしての四元数を考えます。なぜ四元数なのか、という理由は2つあります。一つは、複素数の先にあるものとして、そして非可換(積の順序を変えると結果が変わるような数学)の例として、四元数は重要な題材となるということです。もう一つは、DirectXなどでも四元数を用いた回転の表現が使われていることです。おそらく、四元数がいったいどういうものなのか、理解して使っている人はほんの一握りだと思います。

そして、全体を通して重視したいことは、「数」について考えるということで代数学に重点が置かれることになると思いますが、そこに幾何学的なイメージを常に重ねて考えていくということです。例えば、数直線というものは実数と直線を対応させるものですし、複素数平面や四元数の幾何学的イメージ は、それがただの「空想上の」ものではないという実感を与えてくれるでしょう。