「数」1.3 実数とは何か

2023年9月23日

キーワード:実数・完備・連続

前回、「有理数でない数」というのが存在するところで終わったのでした。今回は、この「有理数でない数」つまり無理数がどのようなものか考えていきたいと思います。

典型的な無理数としては、\(\sqrt{2}\)のような平方根で表されるような数ですが、これ以外にも円周率\(\pi\)や自然対数の底\(e\)などがあり、この限りではありません。

どうやれば、有理数からつながりをもったまま、しかもその世界からはみ出すことができるでしょうか?

完備

いくつか言葉の定義をしておきます。

順序

集合\(X\)の中で、関係\(\leq\)が定義されて、次の3条件が満たされるとき、順序という。

  • 集合\(X\)のすべての要素\(x\)について\(x \leq x\)が成り立つ。(反射律)
  • 集合\(X\)の2つの要素\(x,y\)について、\(x \leq y\)かつ\(y \leq x\)ならば\(x = y\)(反対称律)
  • 集合\(X\)の3つの要素\(x,y,z\)について、\(x \leq z\)かつ\(z \leq y\)ならば\(x \leq y\)(推移律)

もちろん普通の順序を念頭においておけばいいわけですが、対象とする集合によってはこの条件を満たす順序関係を定義しておく必要があります。いまは有理数を考えていますから普通の順序のことだと思ってください。順序が定義されると、次の有界集合を定義することができるようになります。

有界と上界・下界、上限・下限

集合\(A\)が集合\(X\)の部分集合であるとき、ある\(b \in X\)があって、すべての\(a \in A\)について\(a \leq b\)が成り立つとき、\(A\)は(\(X\)の中で)上に有界であるといい、この\(b\)を上界という。逆に\(b \leq a\)が成り立つならば、\(A\)は下に有界であるといい、\(b\)を下界という。上界に最小元があるならばそれを上限と呼び、下界に最大元があるならば下限といいます。

ちょっとイメージしずらいでしょうか?例えば有理数の集合を考えたとき、
\begin{equation}
A = \{x \in \mathbb{Q} | x \le 2\}
\end{equation}
という部分集合で考えてみます。\(x \le 3\)ですから、3は上界の一つです。もちろん4でも\(\frac{11}{2}\)でも上界です。つまり上界は集合になっていて、この場合は、
\begin{equation}
B = \{x \in \mathbb{Q} | x \ge 2\}
\end{equation}
が上界ということになります。そしてその最小元である2が上限です。

ところが、有理数の部分集合を考えているときには上に有界であるからといって上限があるとは限りません。

いま\(A = \{ 0 \leq x, x^2 \leq 2\}\)という集合を考えます。すべての要素がたとえば\(x \leq 2\)を満たしますから有界です。しかし有理数のなかでは、この上界は最小元を持ちません。一方、これが実数の中でなら上界は最小元\(\sqrt{2}\)を持ち、これが集合\(A\)の上限となります。

この違いを完備といいます。きちんと定義するならこうなります。

完備

集合\(A\)のすべての部分集合が、上に有界ならば上限を持ち、下に有界ならば下限をもつとき、集合\(A\)は完備あるいは順序完備であるという。

有理数から実数を作る前に先回りして定義してしまった感がありますが、これから実際に有理数を完備化して実数を構成してみます。しかし、実は完備化の方法は一つではありません。以下ではその一つであるコーシー完備化を説明しようと思いますが、切断による完備化などほかにも完備化の方法はありますし、厳密なことを言えば、コーシー完備は上の順序完備よりもゆるい条件であって同じではありません。しかし、有理数の完備化としてはどの方法をとっても同じものになることが証明されています。この辺のことは省略させてもらいます。

有理数列が有理数に収束するとは限らない

有理数から無理数へつなげていくためには、何か無限に関わる操作をしなければなりません。有限回の操作を行ったのでは、それはまた有理数になってしまうからです。

そこで、数に対する操作の繰り返しとして数列を考えます。その極限として無理数が出てくるようなものを考えるのです。

たとえば、
\begin{equation}
a_1 =2, a_{n+1} = \frac{a_n^2 + 2}{2a_n}
\end{equation}

という数列を考えます。いくつかこれを計算してみると、

\begin{alignat*}{1}
a_2 &= \frac{2^2 + 2}{2 \cdot 2} = \frac{6}{4} = \frac{3}{2}\\
a_3 &= \frac{\frac{3^2}{2^2} + 2}{2 \cdot \frac{3}{2}} = \frac{17}{12}\\
a_4 &= \frac{\frac{17^2}{12^2} + 2}{2 \cdot \frac{17}{12}} = \frac{577}{408}
\end{alignat*}
となります。これは、2から始まって加減乗除だけで計算していますから、どの項も有理数のままです。

さて、この数列はどんどん差が縮まっていく性質を持っています。ε-δ論法で厳密に書くこともできますが、単純に各項の差を取るだけでもわかります。このように差がつまっていく数列を「コーシー列」といいます。

この数列の一般項を書き下すことはできませんが、収束する値があるとすれば、その値\(\alpha\)は\(a_{n+1}=a_n = \alpha\)を満たすような数になります。そこでこれを漸化式に代入してみます。

\begin{equation}
\alpha = \frac{\alpha^2 + 2}{2\alpha} \rightarrow \alpha^2 = 2 \rightarrow \alpha = \pm \sqrt{2}
\end{equation}

となって、初項2ではじめているので負にはなりませんから、その極限は\(\sqrt{2}\)であることになります。

このように有理数の列があったとき、それがコーシー列になっていて極限をもっていたとしても、その極限がまた有理数の範囲に収まるとは限らないのです。これは前節の有界であるが上限をもたないのと同じことです。

そこで、有理数のコーシー列の極限を有理数に付け加えた集合を考えます。(厳密にはもうちょっと違う方法をとります。コーシー列そのものに同値関係を導入し、それの商集合を考えます。)

こうしてできた集合においては、どのようなコーシー列も収束して極限値を持つことが保証されます。このようにコーシー列がその集合の中で収束するように拡大することを「(コーシー)完備化」といいます。こうしてできた集合が「実数」になります。

実数の部分集合で上に有界なものを考えたとき、その中でコーシー列を考えることによって上限が必ず存在することをいうことができます。ほかにも、実数の同値関係、加減乗除などもこの数列をつかって定義できますが、ここで厳密な議論を展開するつもりはないので割愛します。

次回予告

さて、完備化の中でもコーシー完備化を取り上げたのは理由があります。それは最初の疑問、有理数と無理数だけですべて尽くされるのか、ということです。「数」を有限小数と無限小数に分けることができるということは、言い換えれば、すべての数は小数で表現可能ということです。これを保証するのがコーシー完備性です。次回はこのことと、実数の濃度について考えてみたいと思います。